橋本医院 周南市,櫛ヶ浜駅,櫛浜元町 小児科,内科

沿革

橋本医院沿革

初代 橋本 徳次


慶応元年(1865年)5月20日生 ~ 昭和20年(1945年)5月24日没
明治23年(1890年)医術開業試験及第 医籍登録120号。
八代の岡本家の生まれで櫛ヶ浜の河村という山伏の顔役のところへ養子に入った。
17歳のときに上京し当時山口県出身の医政家である山根正次のもとに身を寄せ勉学に励み、明治23年に医師免許を得た。
そのころの医術開業試験は前期3年後期7年といわれ合格率が10~20%の難関だったという。
明治23年に末武南村笠戸島にコレラが流行したのを機に請われてその地で開業。橋本と改姓。ペスト流行のため検疫医となる。山口縣水産組合検査員など兼任。
明治41年(1908年)に櫛ヶ浜に帰る。久米村村会議員もひきうけた。

 

2代 橋本 良雄


明治33年(1900年)8月12日生 ~ 昭和54年(1979年)7月15日没
大正13年(1924年)長崎医学専門学校卒業。
大正13年医籍登録52461号。
そのころ斎藤茂吉が精神科の教授だったという。
産婦人科入局後、島根県畑迫病院、和歌山市菱川産婦人科などに勤務。
昭和8年橋本医院開業。
推薦されて戦後第1回の市議会議員になった。

 

3代 橋本 和人


昭和2年(1927年)2月1日 ~ 平成2年(1990年)9月26日没
昭和26年(1951年)東京大学附属医学専門部卒業。
昭和27年(1952年)第12回医師国家試験合格。
医籍登録148280号。
東京大学産婦人科助手、昭和35年新宿柳町病院勤務をへて昭和50年(1975年)橋本医院開業。
 

4代 板垣 明味


昭和34年(1959年)8月8日東京で出生。橋本和人の次女。
昭和53年(1978年)徳山高校卒業。
昭和59年(1984年)山口大学卒業。第77回医師国家試験合格。
山口大学小児科教室入局。山陽中央総合病院勤務をへて
平成3年(1991年)11月橋本医院開業。
医学博士。
日本小児科学会認定専門医。
地域総合小児科医療認定医。
産業医。
山口県医師会男女共同参画部会理事。
周南地区女性医師部会理事。
周南市学校給食運営委員会会長。
山口性差医療研究会世話役。
徳山医師会会報編集委員。
徳山医師会住民保健委員。
日本アレルギー学会、日本小児科学会、
日本外来小児科学会、 日本小児科医会、
山口県小児科医会、徳山内科医会などに所属。